クールな会社設立

「欲しい、絵画として持っていたい」クマがアイスキューブを持っている絵を見たとき、そう思わせる何かがあったのです。
絵の強さに打たれるというか、とにか-本当に欲しくなってしまう作品でした。
僕は奈良さんにこんな質問をぶつけたことがあります。
「奈良さんの絵はイラストとどう違うの。」村上さんと奈良さんアーティストはどこにいる。答えは思いのほか明快でした。
「僕は描きたいものしか措かないよしイラストレーターは、エッセイに寄せる挿絵であったり、広告のビジュアルだったり、絵の目的を外から提示されて描-ことで、職業として成-立っています。
でも、奈良さんは一貫して「描きたいもの」、つまりアーティストしてのもっとも純粋な核みたいなものがまった-揺らぐことがなく、措き続けているのです。
「措きたいものしか描かない」という言葉が、僕の気持ちを動かしました。
気がつくと、「展覧会をしませんか。」と声をかけていました。
名古屋のアートフェアの帰り道、信号待ちをしていた路上での一瞬でした。
完全逆風。
それでも個展を開くのは今でこそ、国内での評価も定まりましたが、まだ抽象表現主義風の絵画が主流だった一九九〇年代前半の日本では、奈良さんは完全なアウェイでした。
それでは、なぜ僕は奈良さんの展覧会をしようと思ったのか。
それは、一つに日本の美術界の閉塞感に辞易していたことが理由にあります。
美術は本来、「何でもあり」の自由な領域のはずなのに、どこか教条的な思考がはびこり、それ以外はまるで認めないかのような度量の狭さに嫌気がさしていました。
右を見ても左を見ても抽象絵画ばかりが並んでいるところに、奈良さんの、少女を描いた作品を投入したらいったいどういうことになるだろう-。
すっかり凝り固まってしまった日本の現代美術の見え方が、少しでも変えられるかもしれないと期待したのです。
それに、国際的な文脈で見れば、絵画の世界はどんどん変わってきていました。
歴史的にも、ペインティングでは抽象表現と具象表現が繰り返されて時代をつくってきました。
抽象表現主義の本場であったアメリカでさえ、一九九〇年代初頭にはエリザベス・ペイトンやピーター・ドイグらが注目され始めていた頃です。
ペイトンは自分が大好きなロックミュージシャンや友人、恋人のポートレートを描いていますし、ドイグも少年時代を過ごしたカナダの風景といった何気ないモチーフを措いています。
具象的な流れが戻ってきていたのです。
パーソナルな感情から発する表現という点でも、共通した流れが感じられました。
極めて個人的なアプローチで措かれる人物や風景が、現代アートの文脈の中で意味を汲み取られるようになってきたのです。
村上さんと奈良さんアーティストはどこにいる。奈良さんが措いている作品は、自分の体験や記憶の中から出てきた女の子やその表情。
個人に根ざした想いが寵もっていながら、誰の中にでもある子供像のようなものへと通じています。
そこには、文化や世代を超えた、永遠のモチーフがありました。
僕は、今だからこそ、このようなアートを見せたいし、面白いと思う人たちが必ずいるはずだと直観していました。
その意味でも、奈良さんの作品はとても魅力でした。
美術のマニアックな愛好家だけではなく、かなり一般的に誰にでも浸透していけるイメージの力があります。
抽象、具象の別ではなく、その「思いの強さ」が重要なのです。
さらに奈良さんの作品の最大の強みは「絵画として成立している」点です。
奈良さんはある意味で、非常にアカデミックな観点から制作しています。
構図、色は、とても基本的なものです。
「色がここにあって、ラインがここで」という絵画が絵画として成立するポイントをとてもよく理解して意識し、きちんと押さえて突き詰めています。
そこがほかのアーティストと比べられないほど上手い。
奈良さんへの評価は、その根底において、しっかりと美術的な基準をふまえている。
だからこそ一過性の人気で終わらないのです。
「現代アート」の文脈に奈良美智を乗せる一九九五年、僕が手がけた奈良さんの最初の個展がスカイ・ザ・バスハウスで開催されました。
それは大きな賭けでもありました。
スカイは、現代アートの動向に影響力のあるネットワークを抱え、マーケットも国際奈良美智的、いわば現代アートのメインストリームです。
そこに、マンガだ、イラストだと言われていた奈良さんの作品を持って-ることは、大きな意味があります。
今まで奈良さんのいた場所とまった-違う場所で、作品を見せるということなのです。
表向きは、「日本の現代アートの状況を変えたい」「奈良さんを現代アートの文脈に取-入れることで、村上さんと奈良さんアーティストはどこにいる。日本のアートシーンそのものを変えたい。そんな大それたことを考えた割には、実はスカイで作品が売れるかどうか、僕は不安で仕方なかったのです。
蓋を開けてみると、いろいろな方が興味を持って作品を買って-れました。
美術関係者よりもファッションや映画関係者の方が目立ったでしょうか。
若い一般の方も多-、値段が手頃だったこともあり、初めて作品を買う方もいたのが嬉しい驚きでした。
そうこうしても作品はほぼ売り切りました。
展覧会の評価は、当然のごとく賛否両論ありましたが、僕としては批判があることは予想していたので気にもせず、むしろ現代アートのフィールドで奈良さんの新しいマーケットが生まれつつあるという、かすかな手応えに興奮していました。
サンタモニカのギャラリー、プラム&ポーでも、初めて個展を開きました。
作品の値段はまだ安かったので、輸送料の節約のために、作品をスーツケースに詰め込んで、手持ちで行ったものです。
大きなサイズの作品は日本からは運べないので、それこそ現地調達です。
近所の画材屋さんに大きなキャンバスを買いに行って、二人で車の屋根に載せ、手で押さえながら帰る。
それをギャラリーの壁に立てかけて、奈良さんは展示のオープニングが始まるギリギリまで、その場で描いたのです。
今でも奈良さんと「あの頃が一番楽しかったね」と話しています。
アートの価値を左右する、プレゼンテJンヨンの仕方現代アートの場合、作品の評価や値段は「どのような文脈をつくるか」ということに関係しています。
もちろん作品の表現が一番重要ですが、もう一つは作品のプレゼンテーションの仕方が問題になってきます。
例えば、どこのギャラリーで個展をするかということも、その作家の評価を左右する問題です。
ギャラリーにも評価があります。
国内外で評価されているアーティストを扱っていて、セカンダリーのマーケットが安定して確立している、などがその基準となるでしょう。
また、それぞれのギャラリーが持つ客層も関係します。
美術業界に影響力のある人がコレクションしてくれるほうが作品の評価が上がります。
そのような人々に作品を見てもらう機会を持つことは、アーティストにとって重要なのです。
白石コンテンポラリーアートが経営するスカイ・ザ・バスハウスで個展を開いたこと村上さんと奈良さんアーティストはどこにいる。これは、現代アートの文脈に乗せるという意味で、間違いな-奈良さんの転機になりました。
その後、資生堂のアートスペースでの展示では、銀座という場所柄か来場者も多く、また化粧品ブランドのネットワークによって、各方面への知名度が大幅に上がりました。

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